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2012/10/ 3 17歳の驚異的な才能、ヤン・リシエツキ

来日中のピアニスト、ヤン・リシエツキ。
音楽ジャーナリストの小田島久恵さんより、彼の成長ぶりと、今後への期待が高まる、素敵な文章をいただきましたので、ご紹介いたします。


『全身全霊で冒険を続けるリシエツキ』    小田島久恵(音楽ジャーナリスト)

 ヤン・リシエツキの音楽は圧倒的だ。リサイタルでは戦士のような強靭な精神力と抗いがたい音楽的魅力で、一気に聴き手を独自の世界へ引き込む。そこにはつねに正反対の要素が共存する。大胆さと繊細さ、本能的なものと知的なもの、軽やかさと重厚さ、自由奔放と厳密性、荒々しさと静寂…。それらの両極性が、演奏をこの上なく生き生きとしたものにしているのだ。彼のユニークな個性はどこから来ているのだろう。昨今、人気の国際コンクールを制圧しているロシアの若手とは、明らかにルーツを異にしている。彼らの基礎となっている伝統的なロシアン・メソッドからは遠く、他国の教育的伝統や、特定の教師の影響も感じられない(現在はトロントのグレン・グールド音楽学校に在学中)。強いていえば、彼が育ったカナダという国の「客観性」(大国が隣国であるがゆえの)と、血統的なルーツであるポーランドの「貴族性」が、影響しているのかも知れない。
 現在17歳のヤン・リシエツキはポーランドからカナダのカルガリーに移住した両親のもと、1995年に生まれた。9歳でオーケストラとの共演でデビュー。家系には音楽家はいないという。昨年インタビューしたときには「教師の指導は受けるが、納得しない限り自分の演奏には取り入れない」と語っていたが、本当にその通りなのだろう。10代らしい生命力を発散する演奏は、同時に揺るぎない成熟を達成しているのである。これはひとつの奇跡といっていい。
 リシエツキの「異才」に最初に驚いたのは、13歳と14歳のときにライブ・レコーディングされたショパンのピアノ協奏曲第1番・ホ短調&第2番・ヘ短調だった。指揮はピアニストでもある名匠ハワード・シェリー、オーケストラはシンフォニア・ヴァルソビア。部分的に荒削りで、小さなミスタッチもあった。ピアニストとしては明らかに未完成。なのに卓越した天性の才気を感じさせる音楽だった。音楽の本質を一気に切り崩していく霊感と、細部と全体をつなげていく見事な「呼吸」が認められた。生演奏の録音で、幼いピアニストへの聴衆の熱狂ももちろん感じられたが、それを振り切るような孤高のプライドもあり、この芸術家にとって一回ごとの演奏回が、命懸けの冒険であることが理解できたのだ。
 初来日のリサイタルは、ショパンイヤー(2010年)で、前半後半ともショパンの曲で彩られたが、ライヴで体験するリシエツキのピアノからは、尋常ならざる「殺気」が発散されていた。それは自らの肉体と精神に極限までの忍耐を強いるストイシズムが生んだ表現力だった。前半、ショパンのエチュードOp.25を一気呵成に弾き切り、ピアニストの燃えるような情熱が、神聖としかいいようのない余韻を残していたのだ。翌年(2011年)も後半にOp.25のエチュードを弾いたが、同様の強烈な印象を抱いた。ピアノという楽器を通して、何か遠い「始原なるもの」と結びつこうとしているような、遥かな野心が透けて見えるよう。音楽愛という言葉では済まされない、スリリングな衝動を含んだ演奏会だったのだ。
 2012年のリサイタルで、ヤン・リシエツキはオリヴィエ・メシアンの「前奏曲集」をプログラムに入れてきた。彼が日本で現代作曲家のレパートリーを披露するのは、これが初めてとなる。「プログラムにはつねに有機的な関連性を持たせている」という彼の発言を思い出した。メシアン、バッハ、モーツァルト、ショパンという選曲だが、ここには実はオーガニックなつながり存在する。メシアンは、その精神性と霊性において自己を「バッハと比肩しうる音楽家」として位置づけていた(リズムにおいてはバッハより自分の方が優れていると自負していた)。両者とも優れたオルガニストであり、プロテスタントとカトリックという違いはあるものの、キリストを信仰し、生前のインタビューでは「バッハの近代性」についてつとに言及していたのである。さらにメシアンは、バッハが既にモーツァルトを内包していたことを指摘しており、「前奏曲変ホ長調」の出だしは「ドン・ジョヴァンニ」か「フィガロの結婚」の一部のようだと述べている(参照:アルフレート・レスラー著「メシアン 創造のクレド 信仰・希望・愛」春秋社・刊)。ショパンとバッハ、エチュードと平均律クラヴィーアとの血縁は説明するまでもないだろう。音楽史上の「倍音関係」にある作曲家を、暗示的に並べてきたところにリシエツキのクレド(信条)と企みを見る。
 知的に成熟した面を究めながら、本質的な部分で、彼はとても明快な音楽家でもある。聴衆を楽しませることを忘れず、演奏家が楽曲の「難解さ」の影に隠れることを嫌う。徹底したプロフェッショナルであり、使命感をもったエンターテイナーなのだ。リシエツキの探究心は、哲学、歴史、宗教へと拡がりつつ、同時に音楽はとてもニュートラルなものとして開かれていく。この普遍性こそが、彼の最も大きな魅力でもある。リスト、ショパン、シューマン、ベートーヴェンなど多くの協奏曲のレパートリーを持ちながら、ドイツ・グラモフォンからリリースしたデビュー盤が、シンプルな美しさをもつモーツァルトのピアノ協奏曲・第20番&21番(クリスティアン・ツァハリアス指揮・バイエルン放送交響楽団)であったという、その迷いのなさにも、ストレートな信念が現れている。
 17歳になったリシエツキは、今や若き国際派スターとしての貫禄充分で、昨年秋にはパーヴォ・ヤルヴィ指揮パリ管弦楽団のシーズン・オープニングを飾り、その後も各国をリサイタル・ツアーで巡業、夏にはワルシャワやスイス・ヴェルビエでの音楽祭に参加した。北米やヨーロッパでは既にセレブリティ的な存在だ。その人気の秘訣は、彼の表現の内奥にある、強烈なまでの「純粋さ」にある。音楽の無限の可能性を信じて、全身全霊で冒険を続けるリシエツキに、この混濁した世界の明るい前途を夢見ることを、私たちは許されている。


いずれの公演も当日券がありますので、ぜひご来場下さい!
10/4(木)名古屋・しらかわホール Tel.052-678-5310
10/6(土)東京オペラシティコンサートホール Tel.03-3560-3010